フラクトゥルム
■旅先の友人から「良い酒を見つけた。送るから住所を教えて欲しい」とのこと。住所を打つ手つきは軽やか。
■なんとなく谷崎潤一郎『刺青・秘密』(新潮文庫)を国立ブックで購入。いつか谷崎を集中して読みたいと思っているが未だその時訪れず。
■久しぶり湯船に湯を張ってのんびり読書。新潮9月号掲載の椹木野衣『血染めのウィーン観光案内』を読んで「フラクトゥルム」という建築物について初めて知る。
それにしても、「フラクトゥルム」は異様だ。わたしがこれまで見て来た建築物のなかでも、もっとも不気味なものといってもよい。そこには、ナチス・ドイツによるオーストリア併合下、連合国軍による空爆に備え作られた高射砲台という、型通りの説明ではどうしても納得できない、どうにもおかしな感触が残るのだ。
市民は過去に幾度か、世に稀な美しいバロック〜ユーゲント−シュティールの都を汚す遺恨として、フラクトゥルムの解体を考えたという。しかしそのたびごとに、ダイナマイトも歯が立たない厚さ数メートルにおよぶ外壁の威圧に、ことをあきらめざるをえなかった。
文章の脇には小さなモノクロ写真が掲載されていて、その「フラクトゥルム」がうつっている。「そびえ立つ」という言葉が似合いそうな威圧感があり、漫画やアニメにおいては存在してもおかしくはないが、現実の世界となると在り得なさそうな異様なフォルムをしている。しかも解体をしたくてもできないという事実がその「異様さ」「不気味さ」をより際立てている。何かただならぬものの気配を感じ気になる。