おかえりなさい

飴屋法水さんが箱の中から無事に出てきたらしい。一安心。

■いやいやしかし凄まじい展示だったなと改めて思う。観た後にますますそういう思いが強くなっていった。


■見えないものが存在するということ、存在するものが見えないということ。そんな言葉が頭をよぎり、それをもとに様々な思考が可能になり世界が広がった。


展示を観に行った日の日記を読んでみると僕は「単純に楽しい」と書いていて、それは素直に書いたことなので間違いのないことなのだけれど、日が経つにつれ展示の余韻が離れず、また、その内容は変容していった。簡単に言えば日々深刻に受け止める自分に気づいたのだ。


■とにかく展示の余韻が今でも続いていることに驚いている。やっぱり、それはあの白い箱の中に閉じこもった飴屋さんのせいであるところが大きいと思う。会期中の24日間ずっと箱に閉じこもり外界とのコミニュケーションも絶っていた飴屋さんのパフォーマンスの過酷さは想像を絶するし頭が下がりますが、大切なのはそのパフォーマンスの過激さではなく、それによって齎される余韻の大きさだし、そこまで身をもって伝えたいことの中身だ。間違っても、その過激なパフォーマンスのことだけに注目して語り継いでいってはいけないと思うのだ。


■とにかくこの展示、いくら説明してもとにかく観に行かないことには始まらないと思った。まあ展覧会ってそういうものだけど。これは特に。


■と、こんなことを書いても終わってしまいましたが。今後何かしらの形で参加者の椹木野衣さんが文章を発表すると思うので、行かなかった方も一緒に耳を澄ましましょう。いや、目を凝らしましょう。