■火曜日。Kの静岡の実家から帰る日だった。早朝、揺れて、いろんな思いが巡り、すこし覚悟した。今までに感じたことがない揺れであった。昼過ぎから仕事だったので東京に戻れるか心配だったが、駅に着くころには新幹線の運転は再開していて無事間に合い、混んでいて座れなかったけれども特急料金は払い戻しになったので何も言うことはない。


■そう、土曜日の仕事終わりにKの実家に行くため23時10発の「ムーンライトながら」という列車に乗ったのだった。全席指定ですぐに完売といううわさの切符はみどりの窓口ではやっぱり買えなくて、ヤフオクでいくつか入札し、なんとか落札した。カメラでその車両を撮る人々がいた。うきうきと駆けずり回って興奮状態で撮影している少年の姿を私はじっと見つめていた。新幹線気分で太巻きをつまみビールを飲みつつ車窓を眺めるが、東海道線の線路を走るのでなにか不思議で愉快だった。途中イレギュラーの停車があり2時半くらいに静岡駅に到着。義弟と義妹が車で迎えに来てくれる。



■日曜日。朝、一番最後に起床。川に入ることばかり考えていたが、明日は休館日だからということで行ってみたかった芹沢硑介美術館に連れていってもらう。すぐそばにはなんともさびしい登呂遺跡。目的の芹沢硑介美術館は部屋を移るごとに印象が変わる構造になっていてその建築物としてのおもしろさがあった。展示は「型絵染の骨格 芹沢硑介の型紙」というもの。その緻密でときに大胆でスタイリッシュな作風(なんか常套句みたいだが、そうなんだから仕方ない)に感嘆する。シンプルな滝の図柄の暖簾が欲しかった。が、いったい家のどこに掛けたらいいだろう。そして大田区蒲田より移築した「芹沢硑介の家」も鑑賞。管理の爺さんがふたりいて、待ってましたとばかりに解説を始めるかと思ったら静かに佇んでいた。暇だろうな…と余計なお世話を焼いたりもする。そのモダンで贅沢なインテリアにうっとりとする。日本家屋にソファを置いてあるのが好きだ。




■とんかつを食べ、女性陣のショッピングに付き合い、義弟Yくんの働いている店で四人でかき氷をつっつきあったりし、その合間にタンクに描かれた柳原良平のイラストを撮影したりして帰宅すれば、台風が来ているというし雨が心配だから駆けるようにしてすぐ近くの川に飛び込む。と云いたいところだが、川の水は冷たくなかなか腰から上が浸かれず奇矯な叫び声を上げる。でもやっぱり川で泳ぎたいという気持ちが勝りなんとか思い切って潜ればすっかり夏休みの子供のように夢中になって泳ぐ潜る水をかけ合う。



■夜は庭でバーベキュー。伯母さん作の茶豆の美味しさに唸りつつ、殻つき帆立やら、海老やら肉やら贅沢品をこれでもかといただき、ビールが過ぎるほど旨く感じた。そして夏恒例の自家製梅酒に舌鼓。Kの従兄たちも参加で盛り上がり、「これはすごいよ食べてみな」と渡された瓶の中身は数年物の自家製の「鮎の肝の塩漬け」で、匂いを嗅ぐなりまったく知らない世界へ飛んでった。今までに体験したことのない匂いと味で体がものすごい良くなるか悪くなるかどっちかだと思った。そいつは口の中にしぶとくこびりつき、なかなか消えようとはしなかった。痔(ぢ)に効くらしい。野球の話(従兄は誰々のバットはどこのメーカーでグローブはどこでというのに詳しいらしく驚いた。そんなマニアもいるのだな)やこの夏休民話の話題などが山と川に囲まれた場所に響く夜はあっという間に更けていった。



■月曜日。台風のため天候不順。朝、一番最後に起きる。前の日もこの日も甲子園は中止になりがっかり。納屋から出てきた伯父さんの本を物色すると読みたい本が出てきたので、庭でひとり(皆出かけてしまって妻の実家にひとりいるという奇妙なシチュエーションはおもしろかった)池波正太郎『夜明けのブランデー』文藝春秋を読む。大自然の中で読む池波のエッセーはミスマッチと思いきやするすると入ってきて、あっという間に読了し、野坂昭如『赫奕たる逆光―私説・三島由紀夫文藝春秋に手を伸ばした。だいぶ前に亡くなってしまったKの伯父さんに私は会ったことはないけれど、本を通して知り合った気持ちになり、嬉しい気持ちと緊張が混ざったなんともいえない時間を過ごした。

■夜、ビール、ハイボールを飲みながら手巻き寿司。東京で普段食べてる魚とは旨さが格段に違うことを再確認。お義父さんとまた野球の話。引き出しから取り出した新聞の選手名簿の出身地の項目、しっかり「静岡」に丸してあってグッと来た。

■1歳になろうとする甥の成長が著しく、ハイハイで前進する姿に見とれ、またそのムチムチした感触にやられ、無垢な表情に私はひれ伏した。



■そして火曜日。地震。帰京。仕事。