神よ、何ゆえに我を見捨てたもうや

■昨夜、トニー・ガトリフ監督の『ラッチョ・ドローム』をうっとりしながら観る。ジプシーたちの歌と踊りが詰まった作品。生活の一部、身体の一部である演奏や踊りを行う彼らの顔は嬉しそうでありながら、どこか厳しい。やはり政治的なことを考えざるを得ないが、どうしてもエキゾチズムという観点から観てしまう。いや、「しまう」と書いたけれど、それが悪いことなのかといったらそう簡単に言うことはできない気もする。気持ちよく観たが色々と考えたということである。


■今日は午後歯医者。行く前はそわそわして咽喉からから。歯茎の神経を刺激され痛いと訴えるもやんわりと諭される。治療の間、気がつくと左手の人差し指が立っていて慌てて引っ込める。ということを何度も繰り返す。なんだか恥ずかしい。


国立駅前のM書房で3枚千円のCDを物色。意外とJAZZの良いところが揃っていて迷いながら3枚選び出す。CHET BAKERCHET BAKER SINGS』、JOHN COLTRANE『SOULTRANE』、THELONIOUS MONK『PLAYS DUKE ELLINGTON』。モンクのは知らなかったけど、他の二枚はいわゆるJAZZ史上に輝く超名盤ですね。


■吉祥寺をふらつき渋谷へ。シネセゾン青山真治監督の『エリ・エリ・レマ・サバクタニ』を鑑賞。明日が楽日だし浅野忠信宮崎あおいが出演の映画だから込んでるかと思い小走りで行ったけれどとても空いていていい席で観ることができた。それはよかったけど、この客の入りはさびしいなあ…。それにしても楽しみだったのは、やはりなんといっても、中原昌也の演技である。終始ニコニコしているのが不気味でとてもいい味を出していた。「死ね!」という台詞がとても似合っていて可笑しかった。
劇中、様々な微細な音、それは自転車のタイヤがアスファルトの上を転がる音など、普段は意識しないが生活する中で必ず発生している音がうまく拾われていると気づく。また、物語の中では浅野と中原の二人がノイズバンドをやっていて、二人は様々な音を録り、それらの音を使って爆音で演奏をする。ピーマンやトマトを潰す音、波の音など様々だ。作り手の「音」へのただならぬ執着が感じられる。そんななか突然、ほんの数秒、車が道を走っているシーンで無音になるところがあった。その時僕は体が固まり思わず息を止めてしまった。こういうのを「息を呑む」と言うのか。とにかく身体が反応した。この体験はとてもおそろしく、また、おもしろく、とても興味深いことに思えた。