乾杯

■焼き鳥の煙とタバコの煙が充満する店内で、女は「年内には向こうに行くわ」と麦酒ばかり飲んでいる僕に告げた。
泡立つお酒で満たされたジョッキをコツンと軽く、でも、何かを込めて、何度もぶつける。
「乾杯!」
周りには元気いっぱいの大勢の若い男たちがいくつもテーブルを占拠し宴を催していた。彼らの太い声に阻まれて、僕の声はかき消され、同じ言葉を繰り返し言った。

■そんな金曜日の夜。西荻窪、戎にて終電まで飲んだ。


■東京の街はすっかり人がいない。電車の中には大きな荷物を持った人がちらほらといて、僕は羨望の眼差しを投げ掛ける。


保坂和志『この人の閾』を読み終える。『プレーンソング』、『残響』と読んできて、一番好きだな、というただ今読了五分後の感想。表題作の「この人の閾」以外の三篇はいずれも風景画のような小説で、それがとても気に入った。散歩文学というものがあればこれらのことじゃないか、なんて思う。