■いつの間にか十月。そんな事実に心ざわつく夜。

■この前の木曜日は午前中に初めての美容室で髪を切ってもらい、さっぱりとした気分で、近所に住む友人Tちゃんに、腹のふくらんだ妻との写真を撮ってもらう。庭で、家のまわりで、玄関の前で、家の中で、ハッセルのシャッター音が響く。アシスタント風にRちゃんも来訪。構えることなくかろやかになごやかに撮影は終了。そして縁側で雑談。秋風に吹かれながらビールを軽くやる。

■夜は妻とふたりで近所のノイフランクへ。レーベンブロイとともにドイツ料理を堪能する。コンビーフ入りのジャーマンポテトがバカウマだった。数ヶ月のひとり暮らしが始まったら作ってみようか、なんてこの頃はよく考える。

ウイスキーのお湯割りをなめる夜。

■9月ももうすこしというところまで来てしまった。忙しくしている。そんななかでも風邪をひいてしまうが、得意の厚着寝でたくさん汗をかいたら一晩でだいぶ良くなった。

■先日の日曜市のあとはそのままニチニチでトサカンムリフーズの送別会があった。彼女とは意外にもけっこういろんなところで会っていて、その都度、興味が尽きないというか、話したいことがいつもいっぱいある。カレーパンを売っているときと、お酒を飲んでいるときの表情の違いにドキリとする。

■妻がこどもを生むために来月から実家に帰ることになっているので、残り少ないふたり暮らしを惜しむようにじっくりと過ごしている。昨日は赤ん坊のための買い物に出かけた。少しずつ、そして大きく、これからの生活が変化していくのだろう。戸惑いがないわけではないが、楽しみのほうが勝っている。

上田義彦の「at Home」という写真集、いしいしんじの「ある一日」(新潮9月号)という小説に、感銘を受ける。そのような心境。

■庭の朝顔がきれいだ。台風のあとも元気に花を咲かせている。

■昨日ポレポレ東中野福間健二監督「わたしたちの夏」を観た。ふたりのおんなが良かった。いつだって夏はやってきて、また去っていく。そんな当たり前のことがとても愛おしく思える映画だ。今年の夏が終わった。
■劇中、福間さんの詩「きみたちは美人だ」が朗読されてはっとなる。あのレモンイエローの表紙の詩集収録のものとすこし違っているが、「きみたちは美人だ」という言葉のすごさをあらためて感じる。

■家に帰ると、妻は寝ていてテーブルの上には梨とたい焼きが置いてあった。寝ぼけまなこの妻に聞けば、隣人Jさんからもらったということだった。昨夜お邪魔したときに置き忘れていったシャツとともに持ってきてくれたらしい。ありがたい。

■冷たい風が吹いている。豆腐と枝豆とチーズをつまみながら晩酌。「en-taxi」掲載の佐伯一麦の連作小説「空に刻む」を読みながら。洲之内徹の話が出てきておおっとなり、またその関係のないところでしみじみとした。佐伯一麦、いい。

■昨日は初めて国分寺のカフェスローで開催のゆっくり市へ。あいにくの天候でいつもの雰囲気ではなかったらしいけれど。その広々とした空間に気持ちよさを感じる。カフェスローで働く友人のTちゃんを介して主催者の方と話をするオクラとゴーヤとサモサを買って帰宅。

■夜は世界陸上をぼんやりと眺めながら簡単な手巻き寿司を食べて、ビールからハイボールに移行、というところで隣家に行き、近所の友人たちと酒を飲む。久しぶりに紹興酒をごちそうになった。話題の中心はS君の切りたての髪形について。そして、Sくんの眼鏡をみんなで回してかけてみたら、それぞれ衝撃的な結果(特に私)になり大笑い。妻とともに1時過ぎに失礼する。

■台風が近づいているらしい。しかしまだ東京は雨が降っていない。いやに空気が重く苦しい午前中。久しぶりにmice paradeの『Ramda』というアルバムを流す。99年の作品。ひとり暮しを始めたころ、3曲目の「Galileo」が好きでよく聴いていた。妻はYOGAに出かけた。ひさしぶりに出かける予定のない日。休日(?)。しかしこういうときにやらなきゃならないことはいっぱいあるのである。WEBSHOPの作業だ。最近滞っている。

■滞っているといえばこの日記だ。もう9月である。8月後半はいろいろなことが詰まった日々だった。すこし振り返ってみようか。

■13日。勤務後、21時過ぎ発の高速バスで妻の実家へ(妻は前乗り)。隣の席の女子を気にしつつ、バスの中で読むために買い控えていた「en-TAXI」を楽しみながら(「マイ・リトルプレス、思い出の小出版社そして雑誌」なんてシブい特集を続けてくれることを祈る)、ビールのロング缶をごくごくやる。
■14日〜16日。3日間ほとんど実家、またはその周辺で過ごす。車にも乗らなかったような気がする。午前中は本を読んだり(横尾忠則の日記本『365日の自画像』)わんぱく盛りの甥っ子と遊んだり、5ヶ月の姪っ子のむちむちな体を見つめたり、のんびりと過ごし、昼を過ぎると、川遊び。3日連続ですぐ下の川で義妹家族やいとこの家族と遊ぶ。水の冷たさを恐れながらも一度潜ればこちらのもの。泳ぐのはもちろんのこと、網をつかって雑魚を捕ったり、石を投げたり、ビールを飲んだり、アイスを食べたり。ずっとこの時間が続けばいいのにと思うも、体力には限界があるいうもので、家に戻って昼寝。そして夜は豪華な夕食&ビール。わいわいと庭でバーベキュー。ポークビッツ&玉ねぎのかき揚げがものすごく美味しくて感激し、普段食べなれないやわらかい高級な牛肉をもりもり食べる。それで胃がびっくりしたのか、朝に腹がゆるくなりぐったりしていたのもいい思い出。それでもやっぱり川で遊んだ。最終日には近所でお祭りがあり、行ってみれば、のどかな風景のなかに大きな炎が立ち上がり、皆が一斉に見つめ、熱風にさらされる。八百万の神々に心の中で手を合わせていた。奥では人もまばらな盆踊りが開催中で、妻にそそのかされて輪に加わってみる。見よう見まねで踊ってみるとだんだんと体が盆踊り用にスイッチが入って心地良くなってくるからおもしろい。日本人はこのスイッチを持っているにちがいない。
■17日。妻より先に帰京。朝の新幹線で勤務先に直行。体が日常にもどらずぼんやりと過ごす。
■19日。朝、妻からの電話でおばあちゃんが亡くなったとの報を受ける。愕然とする。いつも帰省のおりには会いに行っていたのだが、今回は会わずに帰ってきてしまっていて、すこし引っかかっていたところだった…。40年ほど前に若くして亡くなった旦那さんと命日が同じであることに驚く。また、そんなこともあるだろうと納得するような気にもなる。
20日。勤務後、吉祥寺でひさしぶりにKちゃんと会って吉祥寺の大衆居酒屋でビール。日焼けした腕をみせつける。近況もろもろ報告しあう。もろきゅうを2回注文した。
■21日。ニチニチ日曜市。妻は急遽引き続き実家にいることになり、初めてひとりで参加。雨が降るなかの開始でどうなるかと思ったが、すぐに雨は上がり、お客さんもたくさん来てくれてありがたかった。友人のサモサ屋Timokeが初出店でどうなるかと気になっていたが、見事完売でほっと一安心。夜は近所に引っ越してきたばかりのTimokeのTちゃん宅にて宴会。妻が同席していないのに妻の学生時代の同級生たちに混じって酒を飲む不思議な夜。すっかり打ち解けていろいろな話をした。大量の枝豆があっという間になくなる。なす田楽に舌鼓を打つ。
■23日。5時におきて高速バスで再び静岡へ。妻の祖母のお葬式に出席。火葬場でおばあちゃんの顔を見ることができて良かった。会って話した時間がよみがえってきて涙が出る。初めていく山の上のお寺が素朴で、さっぱりとしていて、礼服の中はぐっしょりと汗をかいていたが、風通しがよく気持ちが良かった。お経にふりがながふってある紙が配られ、皆で唱える。ついはりきってしまう。
■24日。朝、帰京。自由席がいっぱいで座れずまいる。夏の終わりを意識する。
■25日。勤務前に幡ヶ谷へ行き、古本泡山の買取へ。知り合いの音楽家の方の家。文学、音楽関係の良書が大量にあり、本棚から好きなもの抜いていいとのありがたい言葉を頂戴する。車が確保できなかったので運び出すのは後日にする。そして昼過ぎより勤務。0時過ぎに帰ってきて、隣家のJさん宅でTちゃんの「ようこそ国立」会へ。ひさしぶりに妻に東京で会う。国立、またはその周辺に住むあの人この人が集合。ちゃんと自己紹介できたかしら。もうそろそろお開きという時間にお邪魔したが、2回目のパエリア(美味!)を作ってもらってありがたくいただき、お茶にうつっていたTちゃんもSくんも一緒にビールを飲んでくれて、宴は続く。最後は死生観について話し合う濃い時間になった。私はものすごく死を恐れている。そして恐れていない人がいる。そのことに驚く。午前3時解散。
■28日。午前中、実家の車を借りてひさしぶりの運転に戸惑いつつも、なんとか幡ヶ谷へ。買い取る本ダンボール3箱分をピックアップ。せまい道を運転している時、こすらないか心配で何度もそっち大丈夫?と聞く私に同乗した妻の「大丈夫」という声があまりにも冷静できっぱりとしすぎているため、信用できず何度も聞いてしまう。そのやりとりが我ながらおかしい。昼過ぎ、隣家のJさんに声をかけて匙屋での「かき氷やゆい」出店にかけつける。宇治金時、桃、いちご練乳と3つの味を楽しむ。どれも手作りのシロップ(もちろん餡子も練乳までも)で完成度が高くて感激する。夜、実家へ。手巻き寿司にビールビールビール。



■夏本番。と言いたくなるようなうだるような暑さが続く日々。さすがにへろへろになってエアコンをつける。

■今私が住んでいる平屋を紹介してくれた友人が近所に越してきた。以前私が住んでいた部屋のすぐ近くでなつかしい道を行く。いつもなにげなく通り過ぎていたあのアパートの中はこうなっていたのだという感慨にふけりながら寸法を測るのを手伝う。はじまりの空気が詰まった瑞々しい部屋だった。

■夜、ちょっとの時間、ビールを持って隣家に行き一杯やったり、帰宅すると家に誰かがいて一杯やっていて一緒に飲んだり、ということが続いていて、なんとなくこれは夏のせいということもあるのかもしれないけれど、心地いい。

■今日は昼過ぎに日曜市の準備を済ませ、さて何をしようとぼやぼやしていたら、雷が鳴り、スコール。雨が上がり、さっきまでの暑さが信じられないくらいに涼しくなって、高校野球を観ながらラーメンを食べて、ジョン・フェイヒーのベスト盤を流し、麦茶を飲みながら、これを書いている今。午後4時。なにか読もう。新潮7月号で終わった四方田犬彦石井睦美の連載「往復書簡 再会と別離」はとてもおもしろい。ちょっとドキドキする。

■微妙に暑さは増してきているけれども、夏本番というにはほど遠い日々が過ぎる。もう八月。こどもの頃、八月に入るとすぐに夏休みの終わりを意識しはじめブルーになっていたのを思い出す。そういえばこのブログは「夏休民話」という名だったな。

■金曜には神楽坂で「ダンスが見たい!」というイベントで父親に舞踏を鑑賞。日曜にはふたりの祖母に会い、妻の腹を見てもらう。両日とも長袖で過ごしたっけ。

■毎週日曜日のTBSラジオ「菊地成孔の粋な夜電波」はかかせない。菊地氏の語りはタイトル通りまさに「粋」であり、日曜の夜の8時という微妙な時間帯にすごくマッチしている。前回は最後にエイミー・ワインハウスへの追悼としてレゲエのクリスマスソングをかけるところがニクかった。そしてそのあと、私は何回目かのウディ・アレンアニー・ホール」を鑑賞し、ニンマリとしていた。

■スライドギターが弾けたらな、と思う。ジョン・フェイヒーのこれを観てると。